かなり久しぶりの日記になる。
先月からしばらくあいてしまった。
その間にうれしい事・悲しい事がほとんど同時におこった。
でもきっとそんなものなんだろうと今は思う。
先月、こちらに一人で来て十年程の間、忙しい両親に変わり父親がわりをしてくれた叔父が亡くなった。
仕事のこと・家のこと・悩み事・彼氏のことなど、たくさん相談をした。
そしてたくさん応援をくれた。
気づけば、たくさん助けてくれて、たくさん私を愛してくれた人だった。
そして何より、無条件で私を受け入れてくれた一人だった。
その存在の大きさに日々気づいている。 わたしの叔父であり父だった。
ここ何週間か、目の前に起こった事実をなかなか理解できず私は沈んだ。
遺体と何日かすごし、その体に触れても認識はぼんやりしたまま。 若干今もそうだが。
一年間の闘病は、彼や周りを苦しませたけど、終わりは静かだった。
生きていればいつかは会える。 その気になれば何度でも、拒まれようが、困難があろうが、会える可能性がある。 亡くなればどうだろうか。 肉体には会えないのである。 事実をしっかりとつきつけられた。
臨終の何週間か私は彼に会いに行けない状態が続いた。
その間も私の名前を呼んでいたと聞いた。 その時に間に合わなかった。
心に残っている。 今も悔やむ。もう遅いが悔やむ。
人が離れた人の名前を呼ぶとはどういう事か。
見過ごしてしてはいけない大切なことだと知った。
しばらくは、残り続けその後も消してきえない。 まだ心は理解には追いついていないけど、
私たちは、たくさんの思いや出来事、物事などをきちんと理解し、整理して、それぞれの場所にしまったり
、置いたり、残したり、持っていったりしないといけない。進めていかないといけない。
私なりの一歩として、わたしの日記に記録し、再開しようと思った。